EBS『小さな哲学者』、触法少年・SNS禁止法を巡る子供たちの討論を放送
触法少年の年齢引き下げ論争や青少年SNS禁止法の拡大が世界的に広がる中、EBSの子供向け哲学プログラム『小さな哲学者』が、これら二つの法をテーマにした2部構成の特番を放送する。子供たちが自らの経験と考を基に、法の趣旨や保護と干渉の境界について直接討論を行う。
触法少年の年齢引き下げを巡る論争が続く中、青少年のSNS禁止法が世界各地へと拡大しているなか、EBSの子供向け哲学プログラム『小さな哲学者』が、二つの法をテーマにした2部構成を放送する。10月14日と21日の午前8時20分にEBS 1TVでそれぞれ放送される特番では、子供たちが触法少年制度の趣旨と年齢基準、青少年のSNS禁止における保護と干渉の問題について直接討論する。子供たちのための法や制度について大人が主に語ってきた状況において、今回の放送は子供たちがそれぞれの経験と考を基に問いを交わす構成となっている。
二つの回の中心には、「知らずに犯した過ちも罰せられるべきか」、「SNSを禁止すれば本当に安全になるのか」という問いが置かれる。第1部は触法少年制度を、第2部は青少年のSNS利用と禁止を扱う。プログラムを演出したイ・ジヒョンPDは「子供たちのための法や制度であれば、子供たちの声も直接聞くべきだと考えた」とし、「今回の特番では、子供たちがそれぞれの経験と考を基に、各少年法に含まれる『教化』と『処罰』、『保護』と『干渉』の意味を深く見つめる」と明らかにした。
子供たちが直接問う少年法とSNS禁止
EBSによると、今回の特番は触法少年の年齢引き下げ議論と、青少年のSNS禁止法の拡大を扱う。二つの案件はいずれも子供たちを保護するという趣旨を掲げた法や制度だが、子供たちがその趣旨と適用をどのように受け止めているのかを直接問いかけるのが放送の構成である。大人が法を巡って議論するにとどまらず、子供たちが討論に加わり、それぞれの経験と考を語る。第1部では触法少年の責任と制度の基準を、第2部では青少年のSNS利用がもたらす助けと危険をそれぞれ探る。
『小さな哲学者』は、先に紹介したプログラム形式において、アニメーションで問いを提示し、子供たちの討論を収めてきた。ただし、EBSが公開した案内には、出演人数や討論から出された具体的な結論は含まれていない。
二つの回が扱う主題は異なるが、放送は制度が子供たちにどのような影響を与えるのかを、子供たち自身の声で探ることに焦点を当てている。第1部のタイトルは「僕、触法少年なんですけど?」であり、第2部は「なぜ私たちだけダメなんですか?」である。最初のタイトルは触法少年制度と責任を問う問いを、二番目のタイトルは青少年に対して適用されるSNS禁止を巡って子供たちが提起する問いを込めている。EBSは二つの回において、子供たちがそれぞれの経験と考を基に「教化」と「処罰」、「保護」と「干渉」を見つめると説明した。
おもちゃのブロックを投げた11歳の少年、責任を問う
第1部「僕、触法少年なんですけど?」は、知らずに犯した過ちにも責任を問うべきかどうかを扱う。放送に登場するアニメーションの中の11歳の少年は、おもちゃのブロックを投げて通行人をひどく負傷させる。少年は自分が本当に知らなかったと言う。この場面を基に、子供たちは「過ちを知らなかった」という理由が責任を免除させるのかどうかを検討する。EBSが公開した紹介文は「僕、本当に知りませんでした」という言葉を前面に出し、行為の結果と行為者の理解の有無を共に置いて問いを投げかける。
放送は、触法少年という言葉が免罪符のように使われる事例が増えているという問題も提示する。子供を保護するために用意された制度が、逆に悪用されることもあるという説明だ。これに伴い、討論は特定の行為の責任の有無にとどまらず、触法少年制度が最初に用意された趣旨と現在の年齢基準が公正であるかを検討する方向へと続く。EBSは、子供たちが知らずに犯した過ちにも責任があるのかを検討し、制度の趣旨と基準を共に確認すると明らかにした。
触法少年の年齢を下げる問題を巡る論争が続く中、今回の回は子供たちを制度議論の対象としてのみ置くのではなく、討論の主体として立てる。ただし、放送案内には、子供たちが年齢基準についてどのような結論を下すのか、触法少年制度に関してどのような賛否の意見を出すのかは公開されていない。紹介されている内容は、アニメーションの中の事例と討論の問いである。「知らずに犯した過ちも罰せられるべきか」という問いに対し、子供たちが責任と制度の基準をどのような論理で語るのかが第1部の主な内容である。
処罰と教化、年齢基準を共に探る
第1部で扱う問いは、過ちを犯した子供にどのように接するかという問題へとつながる。EBSは、今回の特番が少年法に含まれる「教化」と「処罰」の意味を探ると明らかにした。アニメーションの中の少年は、おもちゃのブロックを投げて通行人をひどく負傷させ、自分はよく知らなかったと言う。子供たちはその言葉が責任を判断する際にどのような意味を持つのかを討論し、触法少年制度が子供を保護するために作られたという趣旨と、制度が悪用され得るという問題を共に置いて語り合う。
放送は、触法少年制度の年齢基準が公正であるかについても問いかける。EBSが明らかにした内容には、年齢基準の具体的な数字や、それを変えるための案は提示されていない。したがって、今回の回の討論は、特定の基準を正解として提示するのではなく、子供たちが制度の趣旨と基準を共に検討する過程として紹介された。「僕、触法少年なんですけど?」というタイトルも、制度の保護対象であるという事実と、その制度を利用する問題を共に考えさせる問いとして用いられた。
イ・ジヒョンPDは、少年法特番において、子供たちの経験と考を基に教化と処罰を見つめると説明した。この発言に基づけば、第1部は過ちに対する責任だけを問う内容に限定されない。子供を保護する制度の目的、過ちを犯した子供が責任を取る方式、処罰と教化がどのような関係にあるのかが、共に討論の主題となる。
SNSでの友達作りと悪質なコメント、二つの顔を扱う
第2部「なぜ私たちだけダメなんですか?」は、青少年のSNS禁止法を主題とする。EBSは、オーストラリアに続きフランスまで青少年のSNS禁止法が拡大していると紹介した。内向的な性格のために直接話しかけることが難しい友だちを作る通路になり得、夢を育む舞台にもなるというのがEBSの説明だ。子供たちはSNSを通じて得る経験と考を討論の中で繰り出す。
同時に、SNSは悪質なコメントや終わりのないアルゴリズムに苦しめられる場所でもある。放送は、SNS利用の肯定的な面だけを扱ったり、危険性だけを強調したりせず、子供たちが経験する二つの顔を共に提示する。その上で「SNSを禁止すれば本当に安全になるのか」という問いを投げかける。青少年の利用を禁止することが保護のための措置なのか、子供たちの選択を制限する干渉なのかが討論の主題だ。EBSは、子供たちがSNSの二つの顔を率直に語ると明らかにした。
今回の第2部は、大人はSNSを利用できるのに子供たちは利用できないという問題提起をタイトルに込めた。しかし、公開された案内には、法の施行時期や適用年齢、禁止方式など、具体的な制度内容は含まれていない。放送が扱うのは、SNS禁止の詳細な条項よりも、保護と干渉の境界に関する子供たちの問いと経験である。第1部が触法少年制度を巡って処罰と教化を問うならば、第2部はSNS禁止を巡って安全と利用制限を共に探る。
EBS『小さな哲学者』少年法特番は、10月14日と21日の水曜日、午前8時20分にEBS 1TVで放送される。14日には第1部「僕、触法少年なんですけど?」が、21日には第2部「なぜ私たちだけダメなんですか?」が編成された。二つの回はEBSのホームページでも再び視聴できる。
Covers K-pop for KSW Journal, and also writes about Culture and K-Variety.
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