EBS、『神曲』を9月21日から深夜0時より毎日15分ずつ全10回放送
EBSは、AI技術を活用した人文教養大企画プロジェクトの第13弾として、ダンテ・アリギエーリの『神曲』を選定し、9月21日からEBS 1TVにて放送することを発表しました。
道に迷った人間は、どのようにして再び光を見出すのか
EBS、『神曲』を9月21日から深夜0時5分、EBS 1TVにて放送
- 1321年完成、700年が経過した今も絵画や彫刻、映画や音楽、小説やゲームの中で絶えず蘇り続ける西洋文学の頂点 - 地獄・煉獄・天国、三つの世界を通過する一人の人間の魂の巡礼 - なぜ詐欺は暴力よりも重い罪なのか、なぜ最も深い地獄は火ではなく氷なのか - 火刑の宣告と20年間の亡命の終わり、生涯最後の年である56歳のダンテが自ら講義する - 『神曲』の翻訳者であるパク・サンジン作家による推薦文「ダンテの『神曲』において最も際立っているのは、人間に対する憐れみです」 - パク・サンジン作家・翻訳家(前 釜山外国語大学校 イタリア語科教授)監修
*放送日時:2026年9月21日(月) ~ 10月2日(金) 平日深夜0時5分、EBS1
EBSは、AI技術を活用した人文教養大企画プロジェクトの第13弾となる古典として、ダンテ・アリギエーリの『神曲』(La Divina Commedia, 1321)を選定し、来る9月21日(月)から平日の深夜0時5分、EBS 1TVにて放送する。
剣の代わりにペンを取った追放者
2週間にわたって毎日1回ずつ放映され、1回15分、全10回で構成されている。『神曲』を韓国語に訳したパク・サンジン作家・翻訳家(前 釜山外国語大学校 イタリア語科教授)が監修に携わり、学問的な厳密性を高めた。『神曲』は、「暗闇の中を彷徨う一人の人間が、どのようにして再び光を見出し、救いに至るのか」という問いを、700年の時を超えて今日の視聴者に投げかける。
故郷の地を再び踏めば火刑に処す
1302年3月、フィレンツェのポデスタ宮殿。被告席が空いたまま開かれた欠席裁判で、判決文が朗読された。公金横領と職権乱用という罪名、財産没収と永久追放、そしてフィレンツェの地に再び足を踏み入れれば火刑に処するという宣告。被告の名前はダンテ・アリギエーリ。フィレンツェの最高委員を務めた37歳の政治家であり、嘱望される詩人であった。彼が使節としてローマへ向かっていた間に、政敵たちが仕組んだことだった。
9歳の春に出会った少女ベアトリーチェを生涯のインスピレーションとした詩人は、一夜にして帰る場所のない亡命者となった。見知らぬ貴族たちの好意に頼り、この都市からあの都市へと彷徨った日々を、彼は後に『神曲』にこう刻んだ。他人のパンがいかに塩辛いか、他人の家の階段を上り下りする道がいかに険しいかを。
しかし、ダンテは自身を打ち砕いた政敵たちに向かって剣を振るう代わりにペンを取った。自らが主人公となり、地獄と煉獄、天国を巡礼する壮大な叙事詩。当時の学術用語であったラテン語ではなく、フィレンツェ俗語で書かれたこの作品は、亡命の歳月の間ずっと続き、1321年にダンテが世を去る直前に完成された。元のタイトルは単に『神曲(Commedia)』であった。始まりは凄惨だが、終わりは善く、美しく結ばれる物語という意味であった。
二人のダンテが導く魂の巡礼
第1講は、追放判決の瞬間から『神曲』の執筆に至るまで、ダンテの生涯を辿るプロローグとして幕を開ける。第2講からは、1321年、イタリアが舞台となる。20年近い亡命の終焉、ラヴェンナの領主グイド・ノヴェッロ・ダ・ポレンタの後援の下、『神曲』の最後の文章を書き終えたばかりの56歳のダンテが、羊皮紙をめくりながら視聴者に直接語りかける。そして数ヶ月後、彼はこの世を去る。
講義の中には、もう一人のダンテがいる。1300年、人生の旅路の真ん中である35歳で、暗い森の中で道に迷った巡礼者としてのダンテだ。56歳の詩人が語る物語の中で、35歳の巡礼者はローマの詩人ウェルギリウスの案内により地獄の門を通り、浄化の山である煉獄を登り、ついにベアトリーチェと共に光の空へと舞い上がる。
地獄の底で再び星を見る
ダンテが描いた来世は中世の世界観に基づいているが、その巡礼が投げかける問いは現代のものである。パク・サンジン作家が推薦文で指摘したように、神中心の文明に対する代案を立てたダンテの立場は、人間中心の文明が揺らいでいる現在の私たちの立場と重なる。
暴力よりも重い罪、信仰を壊すこと。ダンテが設計した地獄は、下に降りるほど狭くなり、罪は重くなる。欲望を制御できなかった罪の下に暴力の罪があり、その下に詐欺と裏切りの罪がある。暴力は獣も犯すが、詐欺は人間にのみ与えられた理性を悪用して他人を欺く行為だからである。そして地獄の最も深い場所は、炎ではなく凍てついた湖だ。怒りも欲望も暴力も、その中に熱さがあるが、裏切りは愛も信頼も失われた冷たく冷え切った心だからである。精巧な欺瞞と信頼の崩壊が日常のニュースとなる時代において、700年前に詩人が描いた罪の地図は、依然として鋭い。
すべての罪は愛の誤りである。煉獄の山を登るダンテは、師であるウェルギリウスから、七つの円周全体を貫く原理を聞く。世の中のすべては愛によって動いており、罪は愛が誤った方向を向いたり、不足したり、あるいは溢れすぎたりした時に生じるというものだ。他人より上に立とうとする傲慢や、他人の成功を妬む心、報復しようとする怒りが方向を失った愛であるならば、善に向かう生ぬるい愛は怠惰となり、財物や食べ物や快楽へと溢れ出した愛は、貪欲と暴食と色欲となる。したがって、罪を洗い流すということは、すなわち愛の方向を正すことである。同じ道で出会ったロンバルディアの人、マルコは、世の堕落を星や運命のせいにしないでほしいと言う。人間には善悪を判別する理性と、自ら選択する自由意志が与えられているからだ。推薦文が述べた「人間の自主的な救済の道」がここで開かれる。
失った者だけが書くことができた本。火星の空で、高祖父カッチャグイーダはダンテに追放を予言すると同時に、使命を託す。すべての偽りを捨て、見たものを余すところなく世に伝えよ、と。講義の中のダンテは自らに問いかける。もしフィレンツェで安穏と暮らしていたなら、『神曲』を書くことができただろうか。故郷を追われて彷徨わなければ、世界を深く見ることはできなかっただろうし、失うことの痛みを知らなければ、地獄の悲しみも、救いの喜びも歌うことはできなかっただろうと。彼を打ち砕きかけた苦痛が、結局のところ彼を光の世界まで連れて行ったのだ。
『神曲』の地獄篇、煉獄篇、天国篇は、すべて同じ言葉、「星」で終わる。巡礼の最後の場所でダンテが対面したのは、太陽と星、そして全天を回す愛であった。誰もが人生のある日、ふと暗い森の中に立つことになるかもしれないが、暗闇の中でも私たちを導く星は、常に輝いている。700年前の追放者が残した最後の願いである。
EBS『神曲』全10講は、9月21日から10月2日まで平日の深夜0時5分にEBS 1TVにて放送され、EBSホームページで再視聴が可能である。
*関連写真はEBS機関ホームページ(about.ebs.co.kr)-サイバー広報室-ハイライト、該当の放送日にあります。
添付1. 『神曲』10講の主な内容 添付2. 2026年9-10月の主なラインナップ 添付3. EBS AIコンテンツ諮問委員会および内容監修者の紹介 添付4. パク・サンジン作家の推薦文
◆ 一目で見る
· 発行機関 : EBS
· 分類 : AI古典 歴史を変えた100冊
· 配布 : 9月18日
出典 : EBS報道資料
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